札幌高等裁判所 平成5年(ラ)17号 決定 1993年5月07日
抗告人
安岡清
上記代理人弁護士
熊谷義郎
主文
原決定を取り消す。
理由
一本件抗告の趣旨は主文と同旨であり、その理由は別紙執行抗告理由書記載のとおりである。
二当裁判所の判断
当裁判所は、本件記録により以下のとおり認定、判断した。
1 原審は、基本事件において、平成三年一一月二一日、別紙物件目録(1)及び(2)記載の各土地(以下これらの土地を併せて「本件各土地」といい、同目録(1)の土地を「本件1の土地」といい、同目録(2)の土地を「本件2の土地」という。)について競売開始決定をし、平成五年三月一五日、本件2の土地について物件明細書を作成するとともに最低売却価額を定めたが、本件1の土地については、所在不明であって特定することができないとの理由で、民事執行法五三条により、本件1の土地の競売手続きを取り消した。
2 本件各土地の特定に関しては次の事実が認められる。
イ 地籍図(昭和四八年度調査)上ではいずれも隣接の一筆または二筆の土地と一団の土地として記載されていて(筆界未定として扱われていて)、地籍図の上では本件各土地の境界は不明である。
ロ 上磯町が国土調査の実施機関として作成した地籍調査の調査図素図(国土調査法三条二項に基づく地籍調査作業規程準則―昭和三二年総理府令第七一号―一六条に基づく調査図素図、以下「素図」という。)には、本件各土地がいずれも単独で他から特定される形で記載されており、素図の上では、本件各土地の境界が記載されていて、特定することができる。
ハ 本件各土地は。昭和四二年ころから、斉藤弘が農地として耕作して占有し、使用している。
ニ 執行官及び評価人は、現地を調査して、本件各土地の写真撮影をした。
ホ 上磯町国土調査係及び上磯町農業委員会においては、本件各土地の境界について上記の素図記載のとおりであると一応認識している。
へ しかし、上磯町及び同農業委員会は、公簿に国土調査の成果やこれによる地籍変更の記載がないため本件各土地の境界が確認できず、特定できないとしている。
ト 上磯町が測量調査を実施した昭和四八年当時(評価人の平成四年九月二九日付回答書中には、実施時期が昭和五〇年であった旨の記載があるが、地籍図が昭和四八年に作成されているので、実施時期は昭和四八年が正しいと認められる。)、本件各土地に関して紛争があり、農事調停が係属していた模様である。
チ 函館地方法務局保管の地籍測量図(昭和三八年二月一五日上磯町技術吏員作製の土地所在図、土地測量図)には、本件2の土地が単独で他から特定される形で記載されてるのに対して、本件1の土地についてはこのような地籍測量図が本件記録上存在しない。
3 これらの事実関係によれば、本件の場合、地籍測量図の有無及び地籍図の記載だけで本件1の土地を筆界未定を理由に特定不可能とするのは疑問である。すなわち、、上記2のイ、トの事実は、本件各土地について隣接地所有者との間で境界を巡る紛争があったことを窺わせるだけで、所在不明を推定させるほどの事実とは認め難く、むしろ、上記2のロ、ハ、ニ、ホの各事実は、土地の特定に関してはこれを肯定すべき根拠とみることができるからである。また、国土調査法に基づいて作成された地籍図は、その精度が高いと考えられるものの、土地所有権等の権利関係に影響を及ぼしたり、確定させたりするものではなく、境界認定に関しては一資料となり得るに過ぎないことに照らすと、地籍図上筆界未定と扱われていることから当該土地を所在不明であるとは到底いえず、上記2のへの上磯町や同農業委員会の見解をそのまま採用することはできない。
これらの点からすれば、本件2の土地の特定が可能であるとすれば、本件1の土地の特定も可能であるというべきである。
4 次に、素図に本件各土地の境界が記載されている点について検討する。
上記2のロの地籍調査作業規程準則によると、地籍調査の作業は次の手順で行われることになっている。
イ 一筆地調査(準備作業と現地調査)
ロ 地籍測量(境界の測量)
ハ 地籍測定(面積の測定)
ニ 地籍図及び地籍簿の作成
そして、素図は一筆地調査の準備作業の過程で原則として不動産登記法一七条所定の地図又はこれに準ずる図面に基づいて作成される図面で、場合によっては土地課税台帳や地方税法三八〇条二項の資料を用いることが許されている(上記準則一六条一、二、三項)図面である。ただし、現実には不動産登記法一七条所定の地図の備え付けが不十分な場合が多いので、これに準ずる図面として旧土地台帳付属地図(いわゆる公図)、地籍測量図等が利用されているものと考えられる。
素図に本件各土地の境界が記載されているのは、本件2の土地については、前記2のチの地籍測量図を基にしたものと考えられ、本件1の土地については、何らかの図面(本件2の土地と同様に地籍測量図の可能性もある。この点は本件記録上判然としないが、素図の作成者が恣意的に記載をしたとは考えられない。)を基にしたものと考えられる。
そうすると、本件1の土地の境界の認定については、素図の記載も資料となし得るというべきである。
5 以上検討したところによると、本件1の土地は、国土調査による地籍調査の過程で筆界未定と扱われていて、境界の一部につき不明な点があったり、隣接地所有者と争いがある可能性があるが、これらは訴訟等の手続きで確定が可能であって、所在が全く不明というわけではなく、競売手続きによる売却が可能な土地である(但し、買受人保護の観点から、物件明細書には地籍調査において筆界未定とされている旨の記載が必要である。この点は本件2の土地についても同様である。)と認められる。
したがって、本件1の土地が所在不明であるとして民事執行法五三条を適用して同土地に対する競売手続きを取り消した原決定は違法である。
三よって、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官宮本増 裁判官河合治夫 裁判官小野博道)
執行抗告理由書
抗告人安岡清にかかる平成五年三月二二日付執行抗告理由は以下の通りである。
1、上磯郡上磯町字桜岱一番一、田、七二一三m2(以下本件土地という。)につき原決定は、所在不明であるとするが、本件土地は、登記簿上存在しており、隣地との境界が確定していないというに過ぎず、一件記録に添付されている図面では一番一、一番二、二番一の各土地が未処理のまま記入されているものの所在場所は明らかなのである。
つまり、本件土地がそもそもどこに所在しているのか不明であるというのではなくて、隣地との境界が不明であるというにとどまる。一番二、二番一の土地面積は本件土地にくらべるとはるかに少なく、一区画大部分が本件土地であることは明らかである。
その現況は地籍調査素図の通りなのである。
従って、所在不明というにあたらないものと考える。
2、建物収去土地明渡しの確定判決が存在している建物ですら競売に付されていることは周知の通りである。買受人が、収去されることが明白である建物ですら、買受人の危険負担で競落しているが、そのケースと比較すれば、本件のケースは当然競売に付されてしかるべきである。
買受人が、隣地との境界が不明であり、将来紛争が生じたり、地積が減少することもありうることを承知して、自らその危険を覚悟で買い受けるのであるから、裁判所にはなんらの責任も発生するものではないのである。
ただ、本件のケースでは最低売却価格を相当減額すれば足りることなのである。
実際上も、債権者はもとよりのこととして他にも買受希望者がいるのである。
3、本件土地は、昭和三一年三月三一日土地改良法の規定による所有権の交換分合後、柴田金吉名義に登記され、以来三〇数年にわたって耕作されてきており、境界紛争は存しない。
ホクレン農業協同組合連合会が根抵当権を設定していたこともあり、現に存在する土地なのである。
少なくとも、測量費用を予納させて測量を実施したうえで決定をすべきではないだろうか。
同様の例は過去にも存したものである。
本件土地について競売開始決定がなされたため本件土地賃借人は耕作を放棄したままにしているが、もし競売手続が取り消されるものとすれば、将来にわたって、広大な土地は、流動化することもないまま空しく二個の抵当権が設定されたまま打ち捨てられることになる。
それでよい筈がない。
原決定には到底承服出来ないのである。
別紙 物件目録
(1) 所在 上磯郡上磯町字桜岱
地番 壱番壱
地目 田
地積 七弐壱参平方メートル
(2) 所在 上磯郡上磯町字桜岱
地番 九番壱
地目 田
地積 参七九壱平方メートル